木曜映画サイト ボヘミアン・ラプソディ 感動とは違う所で

 この映画はブライアン・メイとロジャー・テイラーのバンドにフレディ・マーキュリーが加わるところから始まる。そこにジョン・ディーコンが加わり、クイーン結成が1971年。ラストのライヴエイドが1985年。
 この70年代から80年代前半という時期は、私の少年期から青年期に当たる。感受性が豊かで音楽をよく聞いていた頃。世代的にはクイーンは私にどんぴしゃりだった。
 だが、私はあまりクイーンは聞いていなかった。当時の自分が洋楽で聞いていたのはすでに解散していたビートルズと、カーペンターズ、サイモン&ガーファンクルだった。賑やかなロックンロールは当時苦手で、ビートルズもロック色の強い前期(赤盤)よりも静かな曲が多い後期(青盤)のほうが好きだった。
 七十年代のロックンロールをよく聞くようになったのはむしろ三十代になってからだった。ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド。過去を顧みて、あの時流行っていたものは何だったんだろう、と思い返すようになったのだ。青少年の繊細さを失って、却って私は賑やかなロックンロールを好むようになっていた。
 その中にクイーンもいた。すでにフレディ・マーキュリーは亡くなっていた(1991年没)。

 映画は違和感から始まった。フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックが似ていないのだ。ブライアン、ロジャー、ジョンに違和感が無かっただけに、主役の違和感は大きかった。特に髪が長かったころのフレディとは全く似ていない。
 映画の内容も、どこかで見たような話だった。天才の悲劇と孤独。音楽関連を取ってみてもそうした映画は多くある。「バード」、「エディット・ピアフ ~愛の讃歌~」、「ジャージー・ボーイズ」などなど。
 私がこの映画を観た時にはすでに「ボヘミアン・ラプソディ」は大変な評判となっていた。だがこの映画で感動するのは、クイーンが大好きだった同時代の人と、この手の映画をまだあまり見たことのない若い人ではないか、と思った。実際、クイーンが好きだった親が子供と一緒に見に行って感動した、という話を聞いた。

 だが、フレディが短髪にしたあたりから、ラミ・マレックのフレディに違和感が無くなっていった。見た目が似てきた、というよりも憑依の度合いが高まったのだろう。
 そしてライブエイド。観客との一体感、大歓声を受けて映画は終わりを迎える。

 感動はしなかった。だが、クイーンの音楽はそんな私をも引き込んだ。

 映画を観てから、私はクイーンの曲を聞いてばかりいる。

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