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zoom RSS 木曜映画サイト 新藤兼人の違う一面

<<   作成日時 : 2018/09/27 22:21   >>

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 新藤兼人が亡くなったのは2012年だった。もう6年が経っている。
 彼がちょうど100歳で亡くなられた時、大監督だったから沢山のニュースが流れた。その多くは、「原爆の子」「裸の島」などを撮った社会派で反戦の人、という形容だった。例えばこんな風に(日本経済新聞NHKアーカイブズ)。
 ずっとその評に違和感があった。だから書いてみる。

 私にとって新藤兼人はまず、岩波新書「ある映画監督 - 溝口健二と日本映画」を書いた人だった。たまたまテレビで溝口監督の「雨月物語」と「西鶴一代女」を観たので興味を持ったのだ。その当時、私は新藤が映画監督であることぐらいは知っていたが、どんな映画を監督していたかはよく知らなかった。だからこの本が彼とのファーストコンタクトだった。
 新藤は溝口監督の内弟子となり、シナリオを一本書いて渡した。すると、「これはシナリオではありません、ストーリーです」と強烈なダメ出しを食らったという。
「ある映画監督」で新藤は溝口映画の批評をしている。溝口は貧乏で悲運に苦しめられる女を描くことに優れていた。なるほど「雨月物語」も「西鶴一代女」もそうした女を描くのに秀逸だった。一方で裕福な女を描くのは苦手だった。苦手だったのにそうした映画を撮りたがった。「武蔵野夫人」とか「楊貴妃」とか、と。師匠に対する愛情に溢れながらも手厳しい批評だった。

 新藤兼人は脚本家としてデビューし、それから監督になった。脚本家としても監督としても多作な人だった。
 亡くなった時に、はて私はこの社会派で反戦の人だという新藤兼人映画をどれだけ見ただろう、と調べてみた。代表作と言われた「原爆の子」も「裸の島」も私は観ていなかった。
 私が観たのは、

 監督作品
「北斎漫画」
 脚本作品
「しとやかな獣」「卍」「事件」「完全なる飼育」

 なにやら色っぽい映画ばかりだ。

 というわけで、私にとって新藤兼人は社会派でも反戦の人でもない。エロチックな映画を数多く作った人である。

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