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zoom RSS 引退した選手にひとこと

<<   作成日時 : 2018/01/24 18:26   >>

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羽生直剛(千葉)
 オシムチルドレンのひとり。捕まえられないし仮に彼を捕まえても、ボールはすでに彼を離れて別方向からゴールに向かっている、という厄介な選手だった。もっとも思い出深いのは東南アジア四か国で行われた2007年アジア杯。オシム率いる日本代表は羽生の代表でもあって、羽生が山ほどチャンスを作り羽生が山ほどシュートを外していた。オシムの日本代表が永遠の夢で終わってしまったことは、羽生の代表が夢で終わったことも意味していた。


石川直宏(F東京)
 2009年10月17日、石川直が怪我をした柏戦を私は現地で見ている。この年の石川直は打てば入るという神がかり的な絶好調が続いていて、当時の岡田日本代表監督も代表に選んでいた。この怪我の後、神がかりは消えた。私の文章を読めばわかるが大したことは書いていない。ある選手に対して重大な事件が起こった時、その意味するところに気づくことが出来なかったという話だ。
「あの時彼が怪我をしなければ」
とその後何度も私は自問することになる。もちろん石川直はあの年以外も活躍しており、多くのことを語られるべき選手であることは承知している。それでも私は実現しなかった夢を追い続けて現在に至っている。


平本一樹(東京V)
 2013年、彼はヴァンフォーレ甲府にいた。どこかこう、迫力があって、なにかやるんじゃないか、という雰囲気があった。その年Jリーグ23試合出場3得点。そんな数字では語り切れないものがあった。


石原克哉(甲府)
 2001年から2017年までヴァンフォーレ甲府に在籍。その間、さまざまな監督の下でさまざまなポジションについた。怪我で全く出られなかった2017年を除き、彼を起用しなかった甲府の監督はいなかった。
 実を言うと、石原の印象はあまりない。目の覚めるような得点を見た記憶もなく、卓越したテクニックや闘志あふれる守備や無尽蔵の走力を見た覚えもない。ただ彼は甲府のピッチにいた。常にそこにいた。そればかりを覚えている。
 恐らくは観察者としての私が最も苦手とする、戦術理解を得意にしていて、監督の意図をピッチで表現することに長けていた選手だったのではないかと想像する。
 石原という選手にそれぐらいしか書けない自分の不明を恥じるとともに、甲府で起用され続けた石原の偉大さを思う。


本間勲(新潟)
 石原もそうなのだが、ミスター○○と呼ばれた人が引退した時にそのクラブがJ2に落ちると、一時代の終わりという印象がなおさら濃くなるものではある。



高木義成(岐阜)
 なによりも東京Vのピンクさんである。お疲れさまでした。


藤ヶ谷陽介(G大阪)
 G大阪に数々のタイトルをもたらした名ゴールキーパー。その後の厳しい揶揄については、「大阪の人はきっついこといいはりまんな」と聞き流していた。


加地亮(岡山)
 私は今でも加地を怪我させたシュヴァインシュタイガーが大っ嫌いだ。


深谷友基(愛媛)
 深谷というとシャムスカ監督の頃の強かった大分を思い出す。あの頃の大分は守備が堅かった。


上本大海(鹿児島)
 2012年から2015年までベガルタ仙台に在籍。実は怪我が多くて出ていた試合はあまり多くない。ただ、彼が出ている時の仙台はラインが高かった。上本の速さがあるからラインの裏を狙われても追いつけた。特に2012年の2位躍進は上本センターバックの功績が大きかった。
 鹿児島にいたのか、などと今更ながらに思う。これからは大分でスカウトをするという。良い選手をたくさん発掘してほしいものである。サッカーに関わっているなら、またどこかで会うこともあるだろう。

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