木曜映画サイト ファンシイダンス バブル期のモックンの映画

 まずモックンの説明から始めなければなるまい。
 俳優の本木雅弘は、ジャニーズの3人グループ、シブがき隊のメンバーとしてデビューした。シブがき隊の結成は1981年。本木はモックンの愛称で親しまれていた。正直、歌の下手なグループだったが、レコード大賞で最優秀新人賞を得るなど大した人気だった。1988年に解散。
 この映画、ファンシイダンス(原作は岡野玲子「ファンシィダンス」)は1989年公開。解散直後にあたる。つまり、あのシブがき隊のアイドルのモックンが、映画で主役やるんだって、という映画だ。いや、これは当時の私の感想だが、そうした受け止め方をした映画ファンは多かったのではないかと想像している。

 1989年といえば、バブル経済の真っ最中だ。日本は好景気に沸いていた。都心の土地価格は天井知らずだった。ジャパンマネーは世界を席巻していた。
 あの当時、これがバブルだと気づいていた日本人は殆どいなかった。大抵の人は、この状況がこの先何年も十何年も続くものと想像していた。

 この映画はそうした時期に作られた。永平寺をモデルにしたと言われる、本木雅弘が演じた新米僧侶、塩野陽平の禁欲的な修行の日々。あれは当時の世間とは真逆なものとして提示されていたのだ。周囲がバブル景気だからこそ、新鮮に思われただろう。
 塩野洋平の恋人役、鈴木保奈美が演じた赤石真朱が、会社や寺に派手な格好をして現れていた。だが、当時はあの格好がそれほど違和感があるものではなかった。若い女性はああした服を着てディスコで踊っていたのだ。

 映画というものも時代の所産だ。今のコロナ不況の中で見ると、あの修行も、三食食べられるからいいよね、などという目で見る人がいるかもしれない。
 その中で本木雅弘は修行僧を好演していた。
「モックン、なかなかやるじゃないか」
と世間的には受け止められたのではないか。なお、監督の周防正行にとっても、この映画は一般映画としてのデビュー作だった。
 その後、本木雅弘は「シコふんじゃった。」「おくりびと」など多くの映画で主演することになる。

 このファンシイダンスのお坊さんが、後に斎藤道三になるのかと思うと、なかなか感慨深い。

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