木曜映画サイト 「天気の子」で連想したこと

 以下は完全ネタバレです。

「二人のため、世界はあるの」

 佐良直美のデビュー曲「世界は二人のために」の一節である。作詞は山上路夫、作曲はいずみたく。1967年というからずいぶん昔の曲だ。
「天気の子」はほぼ全編東京が舞台となる。主人公の二人にとって、東京イコール世界だろう。そしてこの二人は世界ではなく、二人のほうを選んだ。二人のためにならない世界などいらないのだ。
 ちなみにこの佐良直美の曲も、ヒットしていた当時に
「何を言ってるんだ。二人のために世界があるんじゃない。世界のために二人がいるんだ」
と批判されたそうである。
 つまり、「天気の子」が提示したものは決して新しいものではない。
 ただ、これほど売れた映画で提示されたことは、なかったかもしれない。


「女の子を守るための行動は、やがて世界を救う冒険になる」(スポーツ報知

 将棋界の神谷広志八段へのインタビュー記事から。神谷氏は大変なラピュタ好きだとのこと。この記事自体はラピュタの話ばかりで、「天気の子」は全く出てこない。
 ただ、この記事内の、「女の子を守るために男の子が生きる姿、心意気が見事に描かれている冒険活劇だから」天空の城ラピュタという作品が好きだ、という神谷氏の言葉には「天気の子」と通じるものがある。「天気の子」もまた、女の子を守ろうとした男の子の心意気が描かれた冒険活劇という面があるからだ。
 しかし、だ。ラピュタはパズーがシータを守ろうとした行為が「たまたま」世界も救った。だが男の子が女の子を守ろうとした行為が世界を滅ぼすとしたらどうだろう。半分水没した東京で人々は暮らしている。つまり、東京は半分滅んでしまったのだ。
 さて、世界を滅ぼしても少女を選んだ少年は、称賛されるべきものか。神谷氏に聞いてみたいところである。


「俺はうのたんの味方だよ。たとえ世界を敵にまわしたってね」

 それで思い出したのがサントリーBOSSのCM。1999年? 時の経つのは早いものだ。
「天気の子」で帆高が陽菜を救った行為は、秘密裏に行われた。だがもしこれが、衆人環視の中で行われたならどうだっただろう。
 二人は都民を、つまり彼らにとっての世界を敵に回すことになる。それでも、帆高は陽菜を救おうとするだろうか。いや、救うだろう。それならその後、東京を水没させた二人を都民はどう見るだろうか。
 実を言うと、世界よりも陽菜を選んだ帆高の行為について、私はどうこう言うつもりはない。そういう少年もいるかもしれない、ぐらいに思う程度だ。それを新海誠が映画にしてしまったことには驚いたが、それはそれで別の話だ。
 ただ、もしこの二人のしたことが公になった場合、何が起こるか、ということには興味がある。原罪を負って変わり果てた楽園を追い出される二人、みたいになったのだろうか。それとも「しょうがないな」という程度で受け入れられるのか。
 さてどうだろう。世界の判定やいかに。

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