川崎F5-4C大阪 川崎Fの順当な勝利と接戦

 最終的には沢山点の入ったスペクタルな接戦になった。
 しかし、川崎Fが勝ちそうで勝った順当な試合という印象も残した。勝つべきほうが勝ったと。

 さて、それならなぜ川崎Fの勝利が私には順当に見えたのか。

 ひとつには22対11というシュート数の差がある。倍のシュートを放っていれば、内容的には川崎Fが圧倒していたように見える。
 これだけのシュートを川崎Fが打てたのは、やはり攻撃のスムーズさ、意思統一がなされているからだろう。相手のディフェンダーの配置がこうで、それぞれがこれこれの方向を向いているから、ここに入り込めばフリーでシュートが打てる。だからそこにパスを出そう。ほら、ちゃんとパスを受ける場所に入ってきた。小林悠、大久保、憲剛らの間でそうした意思統一が見て取れる。

 一方のC大阪の得点は、どこか単発的で唐突だった。最後の得点になったフォルランのシュートにしても、あそこに出せば点を取ってくれるというよりは、フォルランにボールを出せるから出してみよう、え、あれをシュート出来るの、といった偶然性の高いもののように見えた。

 いや、それは屁理屈か。
 実を言えば、表情が違うのだ。
 C大阪が追う展開だったこともあるだろうが、川崎Fの各選手の表情には余裕があった。一方のC大阪は、表情が暗かった。どこか悲愴感が漂っていた。
 結局は、優勝争いをしている勝ってきたチームと、残留争いをしている負けてきたチームの差なのだ。その余裕のありなしが、この接戦の勝敗を決めてしまった。そんな風に思えてならない。

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