岡田監督について書く前に

 岡田監督について書くにあたって、今まで自分がどんなことを書いてきたのか読み返してみた。オシム前監督が倒れてから書いた文章をだ。
 まずわかったのは、数年前のほうが、このブログはカウントが回っていた、ということだった。サッカーを数多く見てきたことで、却って、私が書いていることはつまらなくなってきたのかもしれない。
 それとも単に文章が下手になったのか。
 あるいは一般的に、サッカーブログというものを読もうという人が減ってきたのかもしれない。

 ともあれ、岡田日本代表就任後の自分の文章を読み返してみた。
 もともと岡田監督は好きな監督の一人だった。もっともこの「好きな」はサッカースタイルが好きだったわけではない。彼の語録が自分にとって腑に落ちることが多かったからだ。
 実際の岡田監督は、以前の日本代表でも、あるいはマリノスでも、私にとって決して面白いサッカーをしていたわけではなかった。屈強なディフェンス、テクニックに優れた中盤を配し、相手よりも力量が高ければ勝てるという足し算のサッカーだった。勝てるか否かは相手との純粋な力関係で決まった。相手が弱ければフォワードの決定力が勝って勝てるが、相手が強ければフォワードは決定力不足を露呈して負ける。
 そこにマジックはなかった。いわゆる名将ではなく、相対的に勝てるメンバーが揃えば勝つチームだった。

 2007年の11月にオシム監督が倒れ、岡田監督に決まった時、オシムのサッカーと岡田のサッカーはあまりに違うので、継続性がないと思った。
 ただ、当時の会長が川渕氏で技術委員長が小野氏であれば、それは岡田氏に白羽の矢が立つだろう。
 私は消極的な賛成という立場だった。W杯予選まで時間がないし、誰かに急いで決めなければならないという話には同意。岡田氏に実績があるという点にも同意。でも継続性はない。そこは目をつぶりたくはないが、という消極的賛成。

 この時に思ったのは、岡田氏は名将ではないから、日本の実力以上のものを望んでも得られないだろうということだった。ただし、岡田氏なら、日本の実力をそのまま出してくれるだろうとは期待していた。ドイツW杯のように、力を出し切れずに終わることはないだろう。
 足し算のサッカーの人であったし。
 監督も選手も日本人。日本のサッカーの等身大の実力が試されるだろうと。

 実際には、オシムサッカーに近い感覚を持つ大木コーチを入れたこともあって、当初岡田監督はオシムサッカーの継承をしようとしていたようである。
 そして2008年3月、バーレーンに敗れる。
 この敗戦は酷いもので、私は「岡田”暫定”監督には去ってもらったほうがいいのかな」などと書いている。
 よく知られているように、この敗北により、岡田監督は「おれのやりかたでやる」と舵を切る。

 舵はゆっくりと切られた。阿部以外のオシムチルドレンが次第にいなくなった。オシムサッカーでは不可欠のアンカーだった啓太もいつの間にか呼ばれなくなった。
 そして岡田監督はボールを取られた直後の素早いチェックからボールを奪い返しショートカウンターをかけるという、代表コンセプトに拘りを見せていく。

 さて、ここからが本題である。とりあえず今日は前段まで。

 本題はいつ書くか、まだ未定。

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