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zoom RSS 仙台に来た増嶋竜也について

<<   作成日時 : 2017/02/16 20:07   >>

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 増嶋竜也というディフェンダーは何で知られているだろうか。
 プレーヤーとしてよりも、奥さんが潮田玲子ということで知られているかもしれない。このところその奥さんの記事がいくつか出ていた。夫とともに子供と仙台で暮らすという。かつて仙台に住んでいた私としては、一気に潮田玲子の好感度が上がったところだ。
 増嶋は柏から期限付き移籍で仙台に来ている。戻る気なら単身赴任もありだろう。だが、増嶋本人としては借りパクされる気マンマンなのかもしれない。

 増嶋は選手としては柏レイソルの印象が強いだろう。他にU-22の代表だったとか、最初はF東京にいたとか、柏の前に京都にいたとか思い出す人もいそうだ。プロになる前の市立船橋での活躍、あるいはPK戦にもつれ込む死闘となった天皇杯横浜M戦での退場劇を語る人がいるかもしれない。
 だが、私にとってもっとも印象深いのは、ヴァンフォーレ甲府の増嶋だ。
 2007年、増嶋は出場機会を求めて甲府に期限付き移籍をしていた。F東京にいた彼は茂庭・ジャーンの壁を越えられないでいた。その年、ジャーンは湘南に移籍したのだが、増嶋はF東京を出た。試合に出ることが重要だったのは、2008年に北京オリンピックがあったことが大きいだろう。
 その2007年、増嶋は甲府のセンターバックとして奮闘した。技術はもちろん高い。さらにイケメンに似合わず(?)体が強く、ボールへの執着心があっていい選手だなと思った。本来なら、貧乏な甲府に来るような選手ではないとも思った。
 その増嶋の奮闘もむなしく、甲府はJ2に降格した。2008年増嶋は京都に移籍した。だいたい甲府のようなクラブでは、活躍した有望な若手はよそに行くことになっている。
 しかし、2008年、北京オリンピックの代表に増嶋は選ばれなかった。反町監督が選んだセンターバックは、吉田と水本と森重だった。吉田と森重は現在のフル代表のレギュラーであり、水本も何度かフル代表に選ばれている。しかし、増嶋はフル代表に選ばれたことはない。

 その後、時は流れた。2011年から増嶋は地元の柏に在籍。センターバック、あるいはサイドバックとして出場していた。柏に来て数年はレギュラーだった。その間に柏はJリーグ優勝などいくつかタイトルを取った。タイトルに縁のない選手が数多ある中で幸福な選手生活だったと言えるだろう。
 だがここ数年の増嶋は怪我が多く、出場試合数も多くない。仙台としては不安だ。不安だが、渡部を神戸に引き抜かれた仙台としてはどうしてもここに補強が必要だった。怪我がなければ増嶋は働くだろう。これは博打だ。資金の乏しいクラブはどこかで博打を打たなければならない。

 せっかく家族を連れて仙台に来たのだ。仙台での増嶋の生活が充実したものになることを望む。
 もちろん、サッカー選手が何をもって充実とするかは、ピッチ上の活躍以外に何もない。私もベガルタ仙台の増嶋の活躍を期待している。

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