折り返して逆サイド

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zoom RSS 引退した選手にひとこと

<<   作成日時 : 2015/02/20 18:56   >>

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柳沢敦
 ベガルタの柳沢については、前に書いた通り。
 ただ、世間一般では、鹿島の柳沢、代表の柳沢のほうが印象強いだろう。特に彼は、フォワードであるのに、シュートが打てる状態のゴール前で味方にパスをする、というプレーが多かった。自分がシュートするよりもゴールの確率が高いと判断すれば味方にボールを出す、ということだ。
 2002年日韓W杯を描いた映画、「六月の勝利の歌を忘れない」の一場面を思い出す。そこで柳沢は、リフティングをしながら首を振って左右を見る、という練習をしていた。つまり、周りを見ながらボールを扱う練習である。
 柳沢はゴール前でゴールとGKしか見ないフォワードではなかった。ゴール前でパスが出せるのは、ゴール前で周りが見えているからだ。周りが見えているのは見ようとしていたから、見ようとする練習を続けていたからだ。そんなフォワードだった。

中田浩二
 もちろん日本を代表する偉大なプレーヤーだったのだが。
 真っ先に思い出したのは2004年アジア杯決勝中国戦で、腹で押し込んだゴールだったりする。中国側からはハンドと抗議されたがゴールが認められた。
「ナカタコの神の腹」

金沢浄
 2004年、ナビスコ杯を制した頃のFC東京は、右サイドの加地・石川直の快足コンビが売り物だった。その時に、茂庭が
「あれは浄さんが凄いんだよ」
と言っていた。当時、左サイドバックでバランスを取っていたのが金沢浄だった。

中村直志
 名古屋のレジェンドのまま引退。クラブを変えてのステップアップを否定するものではないが、これもまた幸福な選手生活だ。

木谷公亮
 大宮の昇格に貢献して仙台に移籍。仙台の昇格に貢献して鳥栖に移籍。鳥栖の昇格に貢献してついにJ1の選手となったがレギュラーから外れて岐阜に移籍。
 運が悪いのか? そうとも言えまい。どのクラブでもサポーターは木谷に感謝している。複数のクラブで良い思い出を残した、そんな意味では幸運な選手だった。

杉山新
 甲府に七年在籍した。右サイドを何度も何度も上下動を繰り返した姿が印象的だった。

美尾敦
 2001年に甲府に入団し、京都を経て、2008年また甲府に舞い戻ってきた。2009年の甲府では途中出場が多かったが印象的なプレーがあって、と。木谷も杉山もそうなんだが、なんで岐阜はこう個人的に印象深い選手が何人も引退しているのか。そういう選手を集めているのか。

新井場徹
 鹿島-G大阪戦でG大阪サポーターのブーイングを浴びていたのを覚えている。私には愛のあるブーイングと愛の無いブーイングの違いがわからないので、なんともいえない。

小針清允
 ベガルタではノリヲの次のGKだった。その後、高桑、シュナイダー、林とレギュラーを争った後に栃木へ去っていった。栃木でも鳥取でもサポーターに愛されたようである。
 GKの寿命は比較的長い。そのGKの小針も引退。個人的に、一時代が終わった感がある

倉貫一毅
 あちこちのクラブを渡り歩いたが、自分の中では甲府が初めてJ1に昇格した時のキャプテンだ。
 あちこちに顔を出すいい選手だった。

千代反田充
 最初に名前を覚えた時の印象がやはり強い。だから千代反田は福岡が昇格したときのセンターバックだ。名古屋で控えだったのはもったいないと思っていたんだが、もったいない選手が控えにいるくらいでないと優勝は出来ないのだな。

佐藤由紀彦
 ベガルタにいた時、「途中出場の佐藤選手」って、誰だっけ、と思った記憶が。ユキヒコと言ってくれないと誰のことかわからないっていう。
 名選手でしたよ、もちろん。

藤本主税
 大宮の残留力とは主税の残留力、と言った人がいて。その時には、「はて?」と思ったのだが、今になって「そうだったのか」と得心がいったというか。
 得点を決めた後の阿波踊り、あれはもう見られないのか。

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