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help リーダーに追加 RSS 選手一覧から見たヴァンフォーレ甲府の10年

<<   作成日時 : 2008/12/02 20:42   >>

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 10月4日の甲府−仙台戦で、入場時に一枚の新聞半紙大の紙を貰った。青い紙にヴァンフォーレのエンブレムが白い線で描かれていた。選手入場時にこれを掲げて選手を鼓舞しようというのである。もっとも相手がベガルタ仙台であったから私は使わなかった。
 さて、その紙の裏に1999年から2008年まで、10シーズンのヴァンフォーレ選手・スタッフ一覧が書かれてあった。1999年は新設したJ2に参加した年である。それぞれの年の観客動員数、順位なども書かれていた。甲府10年、現場の歴史である。この一覧を追っていくと誰がいつ入団していつ去っていったかがわかる。
 先日、ヴァンフォーレから来年契約を結ばない選手が発表された。また人が入れ替わる。これを機会に甲府の10年を選手一覧から振り返ってみようと思った。

年__J_順位_チーム数_平均観客動員数_観客動員総数
1999_J2_10___10______1469______26450
2000_J2_11___11______1850______37004
2001_J2_12___12______3130______68850
2002_J2__7___12______4914_____108108
2003_J2__5___12______5796_____127515
2004_J2__7___12______6370_____140141
2005_J2__3___12______6931_____152491
2006_J1_15___18_____12213_____207629
2007_J1_17___18_____13734_____233476
2008_J2__7___15_____10280_____185032

 2008年の記録は9月29日現在。
 J2最下位を続け観客数も伸びず清算寸前だったヴァンフォーレ。それが2005年にJ2の3位となり柏との入れ替え戦を制してJ1に昇格した。この成功物語は当時盛んに喧伝されたものだ。それは2001年に社長に就任した海野一幸氏の成功譚でもあった。
 成功はこの数字に表れている。順位の上昇とともに観客数が右肩上がりに伸びている。J1昇格後は特に増えている。
 さて、J2に落ちた今年はどうか。平均観客動員数は減ってはいるもののJ2にいたどの年よりも多い。むしろJ2に落ちてもあまり減らなかった今年の動員数に、山梨県でサッカーが日常として根付いた現在を見ることができる。
 今年甲府の再昇格はならなかった。さて、来年の動員数は今年より増えるのか、それとも減るのだろうか。

 さて、私が興味を持ったのはこの成功譚ばかりではない。この10シーズンの間に、選手一覧に起きていた変化について。

年__選手数_入団選手数_退団選手数_山梨県出身
1999_27____−______15_____14
2000_26____14______17_____6
2001_29____20______15_____4
2002_35____21______21_____4
2003_30____16_______9_____3
2004_32____11_______8_____4
2005_32_____8______11_____4
2006_33____12______12_____3
2007_34____13_______9_____2
2008_36____11_______-_____2

 入団数や退団数はシーズン終了時を基準に書かれてあったので、入団選手や退団選手数はシーズン終了時から次の終了時までのものである。
 通常のJチームであれば、シーズン終了時に退団する選手の数は10人弱くらいが平均だろう。しかし、甲府は1999年から2002年まで大リストラを連続して行っていた。それは(1)強くなる過程で補強目的に行われたのか。あるいは、(2)経費削減のため有力選手が削られていったのか。
 どこかで(2)→(1)に切り替わったような気がする。気がするだけではっきり調べたわけではない。
 ひとつ注目したいのは山梨県出身者が年を経るごとに減ってきたことだ。ヴァンフォーレ甲府の前身は甲府クラブだが、J2参入時は山梨県出身者のサッカークラブという性格が色濃く残っていた。それが現在では石原・鶴見の二人しかいない。
 だが来年、甲府ユースから初めて昇格者が出るという。今後は、山梨県出身者→甲府ユース→ヴァンフォーレ甲府選手という流れができるかもしれない。


年__主なIn_______________________主なOut
1999
2000_倉貫
2001_藤田・美尾・石原__________________美尾
2002_鶴田・奈須・池端・アライール
2003_阿倍・山本・小倉・須藤・山崎・長谷川・杉山
2004_
2005_秋本・バレー・鶴田・井上・大西・保坂________土橋・小倉
2006_宇留野・田森・鶴見・ビジュ・林・茂原・_______倉貫・バレー・ビジュ
2007_ラドンチッチ・増嶋・アルベルト・羽地・富岡・久野__奈須・茂原・須藤・ラドンチッチ・増嶋・アルベルト・山崎
2008_前田・サーレス・マラニョン・美尾・輪湖_______井上・保坂・田森・宇留野

 主な、というのは、いま私がV甲府の選手として覚えている人、という意味である。だから昔の中心選手は出てこない。
 昇格時のキャプテン倉貫は、「どん底の甲府を知る男」と言われていた。2000年入団である。その頃から現在の主力が続々と入団してきた。ただ、なぜか2004年入団は不作である。
 小倉が加入した2003年は、再建が軌道に乗り始めた頃であろう。J2上位に定着しつつあった時期だ。
 ひとつ覚えたのが土橋宏由樹選手。彼は1999年メンバーの最後の生き残りだった。他に1999年時にゴールキーパーだった坂本選手が、現在GKコーチをしている。
 

 甲府物語の裏にはこれだけの人の動きがあった。10年で100人以上の退団者がいた。かつての選手たちはいまどこで何をしているのだろうか。サッカー界にいない人も多かろう。彼らにとって「甲府でJリーガーだったこと」は、現在どんな意味を持っているのだろうか。

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