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<<   作成日時 : 2005/09/05 21:10   >>

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 1978年6月12日におきた宮城県沖地震では、その直後から、仙台市内でライフラインがずたずたになった。
 電気・水道・ガス・電話のうち、最も止まって困るのは水道である。当時はミネラルウォーターが簡単に手に入る時代でもなかった。給水車が街中を走り回った。
 ある給水車が仙台の、とある住宅地に来た時のこと、住民が集まってきたときにちょうど水が無くなった。
「なあんだ、もう無いのかぁ」
 住民たちはそう言って踵を返し、家に帰った。
 それを見ていた関西出身の大学生がいた。見ていて仰天したという。
 関西ではこんなことはあり得ない。待っていたのに何で無いんだ、と怒号のひとつも飛び交うのが当たり前だ。仙台の人はなんて穏やかなんだ、と。

 実はこれは私の友人から、知人から聞いた話として耳にしたものだ。だから正確なやりとりは不明だ。また、関西云々の話も関西に住んだことがないのでわからない。
 ただ、誰も怒ることもなく帰っていったという話はいかにもありそうだ、と思った。仙台は確かに穏やかな人が多く、水が無いんなら責めても怒ってもしょうがないんじゃない? という反応が似つかわしい土地柄だと感じた。

 なんでこんなことを思い出したのかというと、このところのベガルタ仙台サポーターの話を聞いたからだ。なかなか勝てないベガルタに怒る仙台サポーターは何度も試合後に選手達の乗ったバスを取り囲んだ。そして引き分けた8月31日徳島戦の後には、怒るサポーターが球場内に投げ入れたペットボトルが、仙台FW大柴を直撃したという。

 私はその事件を知り、仙台も変わったものだな、と思った。私の知る仙台はそんなことをしそうな人々の街ではなかった。
 いや、私は仙台人の一部の、あるいは一面しか知らなかったのか。

 事件が起こったエリアに陣取っていたサポーター側が選手、クラブに陳謝し、選手バスを取り囲まないことや、事件の再発防止を約束。真意をくみ取った選手側も「J1昇格をあきらめない。ピッチ上でお応えします」と残り試合での奮起を誓った。ウェブ報知

 とりあえずほっとした。目標が同じ勝利である以上、サポーターと選手・クラブが対立して良いことはない。
 ただ私の中でひとつ寂しい気持ちが残っている。
 私の知る「穏やかな仙台」は幻想だったのだろうか。それともこれは見当外れな郷愁に過ぎないのか。

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フルスタに観客がいるうちに。
 9月11日は仙台にいた。  東北出張の帰りに、フルキャスト宮城で楽天イーグルス ...続きを見る
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2005/09/12 19:42

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